はじまり




 雨粒が冷たい。腕の中の存在も、人肌のはずなのに、冷たい。
 いや、「人」ではないから当たり前だと、当たり前ではない当然のことを思い返して、けれどそう簡単に受容できるわけもなかった。人ではない存在など、それを受容するなど、そう安易に行えてしまえてたまるか。
 そう抗った。抗いたかった。そういった理性に反して、心はするりと理解してしまっていた。
 人ではないから、腕の中の赤子は冷たい。
 死より誕生せし命は、生まれた瞬間に矛盾を孕んでるから、だから冷たい。
 命なのに。
 それでも泣いていた。
 この腕に抱かれて、泣き止んだ。
 命だから。
 心はそういう全てを、不自然なくらいに自然に呑み込んでしまった。喉元などするりと超えて、胃の腑の中で、納得という名の消化をされてしまった。
 そうなってしまったなら、もう、抗うだけ無駄だ。
 常識。一般とか普通とかと呼ばれるもの。そういうものから逸脱する、目の前の事実を、存在を、どう扱うかなんて、もう決まってしまっていた。
 
 生まれたなら、生きたいだろう。
 命であるなら、生きるべきだろう。
 冷たいなら、暖めればいいだけだ。
 
 命であるなら、「それ」が人であるかどうかに、大した意味を見出さないのが自分なのだと、水木はどこかで分かっていた。
 きっと、自分をそうしたのが、あの桜の木の下に立つ男なのだとも。
 もう、理解してしまっていたのだ。




2024.10.14