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黒バス
透明薔薇の火に燃される
「それでは」
帰り道。並んで歩き、駅で別れた。そのときに黄瀬は、初詣一緒に行けたら嬉しいね。そう云った。黒子は、君は神奈川でしょう、と返した。ぶすりとむくれてみせて黄瀬は更に返した。「遠くなんかないスよ」
全然。あのときなんかよりもまったくぜんぜん。
そう云った。
遠くなどないと有耶無耶に笑えたらと思った。黄瀬は帰路の途中に考える。電車は無闇にあたたかく、暖房は効きすぎているように感ぜられた。空いてもいて、とかく人も少ないのに空気の密だけが混ざり気に濃い。座り、窓の外を眺めると曇天な上に更に夕闇だった。赤いグラデーションも終えてしまって、あとは濃紺のつたない空だけが残されるのみだった。のっぺりとして薄暗い雲が空の一面に貼りついていた。不自然に、真下へ転々と人口の光が瞬いている。ぱちぱちと爆ぜるのが星であるなら、ギラギラとどよめくのが人のつくる灯りだった。この車内ですら、人もいないのに気配ばかりが、明かりばかりがどよめいていた。落ち着かなかった。
よくよく、考えれば。黄瀬はなにも年末年始神奈川のアパートに居続けるわけではない。実家に帰省もするし、したらば黒子の家だとてそう遠くはないはずだ。
それでも黒子ははぐらかしたし黄瀬も納得してしまった。そうであった方が互いに都合がよかったのだ。だから黄瀬も気付かなかった。今更ハッとして、溜息を吐いて、安堵すらしていた。
互いの距離を、測りかねていた。
どうしたらいいのか分からなかった。
『どうしたらいいッスか』
そしてまた、そういう文面のメールを本人に送信するあたりが黄瀬が黄瀬たるゆえんだった。黄瀬は電車の揺れに身を任せ画面をタップしては文字を連ねて送ろうと踏みとどまった。しかし遂にはその一言だけを送信した。確認画面を見遣って突然失意のようなものが全身を襲い覆い浸していった。足先が温まってゆくのに指先ばかりが冷えていった。やはり車内は暑いくらいだった。それでも黄瀬の彼を思う心は不安で冷めきっていた。ぬかるみに触れたときのような触感を伴った、泥酔のような不快な冷たさだった。濡れそぼる前に沈み込んでゆくような気がした。黒子を思うとき、自分はいつも沼に沈み込んでゆくような静けさで居たのだ。愛しさとはこんなものではなかったはずなのにと、歎息のようなものをゆっくりと緩慢に吐き出した。
(どうしたらいい?)
返信は夜更けにあった。
実家の大掃除に付き合わされ、且つゴミ捨て場へ往復を繰り返させられ、へとへとに疲れ切っていたときだった。ベッドへ倒れ込んで、なんとはなしに意識を手放しかけた頃、突然のようにメール受信の音が布団にうずもれた奥で鳴り響いていた。
まどろむ目蓋を叱責して、人口のライトをぼおと暗闇の部屋の中でかざしてみれば、そこには車窓に暮れなずむ空の向こう、不躾に不器用に送り付けた言葉への返答が短くぽつねんと届けられていた。封筒を破り捨てるように急ぎ受信ボックスを開いた。そして見詰めた文面は、いともたやすく黄瀬を沼へと沈めた。
沼の底は水の中だった。色のない水が静かに広がっていた。足のつかない底なしの水中だった。黄瀬は疲労とまどろみと静けさのぬかるみの中腹で画面の向こうの彼の言葉を撫で上げた。画面ごと指先で言葉を追った。愛しさはやはり確かに冷えた触感をしていた。
人口のライトが照り返す。
『どうしたらいいッスか』
『君のままに』
黄瀬の持つ、居場所もしれない不可思議な恋と云うものは確かに沼の底にあるようだった。
だって彼のこの意図不明の一文で、たったひとことで。
こんなにも胸はざわめき、呼吸は浅くなる。
(だつて恋は死せる毒薬)
(あなたを底の無い沼の深淵へいざなひ給ふ)
*
31日の朝に返信した。「だったら、やっぱり行きたいッス」すると昨日とは違いすぐに返信はあった。
『分かりました』
時間と場所の指定を済ませれば黄瀬はぼんやりと天井を見上げるしかなかった。扉の向こうでは家族が大掃除のラストスパートをかけていた。そのうち声がかかるだろう、嫌といっても手伝わされるだろう。それまではこうしていたかった。クッションを手に取り顔をうずめてみた。黄瀬は目蓋の裏で彼の笑った顔を思い起こすことができない。できなかった。
家族と団欒し、紅白も後半戦まで視聴した。姉と母は楽しそうに福袋セールの広告を見ている。そろそろかと黄瀬は身支度を始めた。姉が目敏く気付き声をかける。
「彼女?」
黄瀬は苦虫を噛み潰した顔で思い切り不機嫌そうに返した。
「絶対違う」
そうであったらばとさえ思わなかった。
黒子が女であったらばとなど絶対に思わない。そんなものは黒子ではない。黒子テツヤではない。あの人ではない。そして黄瀬はどうともしたくないしどうにもなりたくない。どうしたらいいかなどと問うその口で、本音はいつでも頑なに幸せと今との延長を望む。いつかの中学三年、すべてがバラバラと崩れ落ちてなくなってゆくのを知らないままに体感していたそのときのように。黄瀬はまるで何も分かってなくて分かってないなりに理解してしまえる。生き残って、より優れた者になってしまえる。そんなだから大切な人さえどこにも居ない子供になってしまえたのに。
本当は居たのに。
いつも傍に、すぐそこに。
(君のままに)
なんて、なんて残酷な言葉だろうと思う。慈しみでも気遣いでさえもない。黒子の言葉はいつだって酷い。
マフラーを巻き終え外套の釦をしっかりととめる。黄瀬は家を出た。約束は最寄りの駅改札前だった。薄い彼はこちらにお構いなしに黄瀬を見つけてしまった。
「こんばんは、黄瀬くん」
数日前に会ったままと当然変わるべくもない黒子の顔と躰とかが目の前に立っていた。
駅構内は騒めいていて、お互いの声は少しばかし届きにくかった。
「黒子っちは家の方はいいの? 俺と来るのでよかったの?」
そんな気遣いのようなものまで断片でしか伝わらなかった。黒子は耳に掌を寄せてよく聞こえなかったことを示す。黄瀬はどうにも苛ついてしまって、その耳元に唇を寄せて言葉を放した。「来てくれてありがと」
どういたしまして、と黒子が云った。
口は開閉するばかりでその声も届かなかった。
大きなところでなくていい、という黒子の意見で近所の神社へ参拝することになった。
住宅街の隅にひっそりと息づくように行灯を連ねて妖しく誘うその場所は、厳かさと共に静謐だった。ぶら下がる提灯はゆらゆらと残滓を残して光の道を作っていた。その道筋は幾重にも重なり繋がり、境内へと人々の足をほっそりと向けさせいざなう。案内する。二人もまた、そのうつろうあえやかな光の筋の連なりに従い、互いの歩幅で歩いていった。鳥居をくぐれば境内はすぐそこだった。階段を踏みしめてふと黄瀬は雪がないことに気づき少しだけつまらなく感じた。
「今年は温かいんですね」
手袋越しに指を揉み寒さをほぐす黒子がぽつねんと呟いた。なるほど同じことを考えていたらしかった。まったくおかしくもなく嬉しくもなかった。黄瀬は狂おしくて苦しくて、ただ左の胸のあばらの奥がぎゅうと縮まり壊れてしまうような恐怖を感じた。怖くて、痛くて、辛かった。愛しさは苦痛だった。夜の暗闇に、提灯の朧な飴色の光が、薄いはずの彼の輪郭をぼんやりとしかしはっきりと映し出していた。水色の瞳がしっかりと前を向いて、足は地を踏みしめていた。それを横目に黄瀬はただ俯いて苦しみに耐えた。飴色の光が水色の水晶に混じることなく表面を焦がすように照り返す様はまるで湖上の鬼火を見るような神聖ささえあった。綺麗だった。苦しかった。夜は深まってゆくばかりだった。
どこかで除夜の鐘が鳴っている。それを聞いて、黒子が云う。
「どうしたらいいか、って訊いてましたよね」
階段が終ってしまい、境内に居た。そこかしこにちらほらと人影があった。黒子は終わってしまった提灯の飴色の光を失くし、夜半の暗闇に溶け込んで、隣の黄瀬を見上げていた。その瞳の奥の湖はもう見えなかった。かろうじて髪の一筋がすっと透って徹って、光った。
黄瀬は何も返せずにいる。意図が掴めずにいる。「あー、うん、」曖昧な吐息が誤魔化すように零れ落ちてゆく。
「どうもしなくて、いいと思うんです」
黒子が云った。
「どうにかしたくないです。どうにもなりたくないです。ボクは。君もそうだから、あんなこと訊いてきたんでしょう?」
「そうだけど、」
「ボクは、今のままがいいです。黄瀬くんのことを、これ以上考えたくないです」
なんてひどいことを云われたのだろうか。黄瀬はそう思い、思わなかった。それは黄瀬の思いと同じだったからだ。このままが良かったし、変えたくなかった。どうにもなりたくなかった。ただこの人とこのままで笑い合いたい。友として傍に居たい。そればかりだった。それしかなかった。
それなのに、手が伸びてしまう。手は伸ばされてしまう。
黄瀬は知らず知らず、その長い自らの指を黒子の頬へと伸ばしていた。武骨過ぎず、か細すぎない美しいその指先は冷えていて、そして震えていた。胸の奥は早鐘で破滅してしまいそうだった。ぬかるみに沈んで呼吸も奪われかねないのだ。苦しいのだ。怖いのだ。こんなのは嫌なのに、そのくせどうしたって、黄瀬は嘘吐きになる。どうか今の幸福の形を。願う唇で、言の葉の先で。彼に口付けて、しまう。唇と吐息と、嘘とを重ね合わせてしまう。合わせてしまった。
黄瀬は黒子に口付けていた。
ふるりと、黒子の睫毛が震えてわななくのが見えた。たった一瞬の掠めるようなキスの合間にも、彼の睫毛に微粒の光の粒がきらりと輝き光源を発しているのが見えた気がした。それは涙とよばれるものだったかもしれない。嫌われたのだろうか、不快だったろうか。ぐるぐるした。黄瀬も泣きそうだった。泣いてしまいたかった。こんなのは嫌だった。大切なものを失う予感がしていた。大切なものを壊したと悟っていた。黄瀬はまた気付けなかった。気付かぬうちに大切なものはバラバラと崩れて焦げて灰になって沼に沈んでいった。黄瀬の足元もとっくに浸かっていた。彼の涙がひとあくの金剛石のようにきらりと落ちていった。
「ごめん、」
云いかけた言葉はけれど続けられようもなかった。黄瀬はその先を云えない。伝えられない。だってこのままがいいのだ。嘘吐きめ、このままを望むなら何故、キスなんてしたんだ。黒子はゆるゆると睛を見開いて、透明の水の底を晒した。その底が見えなかった。答えも落ちてはいなかった。除夜の鐘が百八つ目を終えた。二人は年と年との時間の境を跨いでいた。二人で見詰め合っていた。手も繋がずに涙することすら出来ずに、ただ無い言葉で見詰め合うしかなかった。
「ズルいですね、君」
ようやっと黒子が口を開いたときには、黄瀬はぼろぼろと慟哭のような泣き方を晒していた。壊してしまった、失くしてしまった、あんなに大切だったのに。後悔ばかりが先立って、いつしか蹲って泣きじゃくりもした。黒子はその大きな背と小さな後頭部とを見詰めて見下ろして口惜しそうに顔を歪ませた。「ズルいですよ、黄瀬くん」
頭を撫でなかった。手も繋がなかった。このままただ今までを続けていたかった。それなのに嬉しいのは、黒子のせいだった。どう足掻いてもどう嘘を並べ立てても、黒子が悪かった。黄瀬は泣きじゃくった。黒子も泣きたかったけれど、泣けそうもなかった。苦しいばかりでなにも出てはこなかった。
鐘は終わり、新しい年が始まっていた。
二人の友情は壊れてしまった。
(大罪を犯したのです)
#黄黒
2024.10.14
No.19
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帰り道。並んで歩き、駅で別れた。そのときに黄瀬は、初詣一緒に行けたら嬉しいね。そう云った。黒子は、君は神奈川でしょう、と返した。ぶすりとむくれてみせて黄瀬は更に返した。「遠くなんかないスよ」
全然。あのときなんかよりもまったくぜんぜん。
そう云った。
遠くなどないと有耶無耶に笑えたらと思った。黄瀬は帰路の途中に考える。電車は無闇にあたたかく、暖房は効きすぎているように感ぜられた。空いてもいて、とかく人も少ないのに空気の密だけが混ざり気に濃い。座り、窓の外を眺めると曇天な上に更に夕闇だった。赤いグラデーションも終えてしまって、あとは濃紺のつたない空だけが残されるのみだった。のっぺりとして薄暗い雲が空の一面に貼りついていた。不自然に、真下へ転々と人口の光が瞬いている。ぱちぱちと爆ぜるのが星であるなら、ギラギラとどよめくのが人のつくる灯りだった。この車内ですら、人もいないのに気配ばかりが、明かりばかりがどよめいていた。落ち着かなかった。
よくよく、考えれば。黄瀬はなにも年末年始神奈川のアパートに居続けるわけではない。実家に帰省もするし、したらば黒子の家だとてそう遠くはないはずだ。
それでも黒子ははぐらかしたし黄瀬も納得してしまった。そうであった方が互いに都合がよかったのだ。だから黄瀬も気付かなかった。今更ハッとして、溜息を吐いて、安堵すらしていた。
互いの距離を、測りかねていた。
どうしたらいいのか分からなかった。
『どうしたらいいッスか』
そしてまた、そういう文面のメールを本人に送信するあたりが黄瀬が黄瀬たるゆえんだった。黄瀬は電車の揺れに身を任せ画面をタップしては文字を連ねて送ろうと踏みとどまった。しかし遂にはその一言だけを送信した。確認画面を見遣って突然失意のようなものが全身を襲い覆い浸していった。足先が温まってゆくのに指先ばかりが冷えていった。やはり車内は暑いくらいだった。それでも黄瀬の彼を思う心は不安で冷めきっていた。ぬかるみに触れたときのような触感を伴った、泥酔のような不快な冷たさだった。濡れそぼる前に沈み込んでゆくような気がした。黒子を思うとき、自分はいつも沼に沈み込んでゆくような静けさで居たのだ。愛しさとはこんなものではなかったはずなのにと、歎息のようなものをゆっくりと緩慢に吐き出した。
(どうしたらいい?)
返信は夜更けにあった。
実家の大掃除に付き合わされ、且つゴミ捨て場へ往復を繰り返させられ、へとへとに疲れ切っていたときだった。ベッドへ倒れ込んで、なんとはなしに意識を手放しかけた頃、突然のようにメール受信の音が布団にうずもれた奥で鳴り響いていた。
まどろむ目蓋を叱責して、人口のライトをぼおと暗闇の部屋の中でかざしてみれば、そこには車窓に暮れなずむ空の向こう、不躾に不器用に送り付けた言葉への返答が短くぽつねんと届けられていた。封筒を破り捨てるように急ぎ受信ボックスを開いた。そして見詰めた文面は、いともたやすく黄瀬を沼へと沈めた。
沼の底は水の中だった。色のない水が静かに広がっていた。足のつかない底なしの水中だった。黄瀬は疲労とまどろみと静けさのぬかるみの中腹で画面の向こうの彼の言葉を撫で上げた。画面ごと指先で言葉を追った。愛しさはやはり確かに冷えた触感をしていた。
人口のライトが照り返す。
『どうしたらいいッスか』
『君のままに』
黄瀬の持つ、居場所もしれない不可思議な恋と云うものは確かに沼の底にあるようだった。
だって彼のこの意図不明の一文で、たったひとことで。
こんなにも胸はざわめき、呼吸は浅くなる。
(だつて恋は死せる毒薬)
(あなたを底の無い沼の深淵へいざなひ給ふ)
*
31日の朝に返信した。「だったら、やっぱり行きたいッス」すると昨日とは違いすぐに返信はあった。
『分かりました』
時間と場所の指定を済ませれば黄瀬はぼんやりと天井を見上げるしかなかった。扉の向こうでは家族が大掃除のラストスパートをかけていた。そのうち声がかかるだろう、嫌といっても手伝わされるだろう。それまではこうしていたかった。クッションを手に取り顔をうずめてみた。黄瀬は目蓋の裏で彼の笑った顔を思い起こすことができない。できなかった。
家族と団欒し、紅白も後半戦まで視聴した。姉と母は楽しそうに福袋セールの広告を見ている。そろそろかと黄瀬は身支度を始めた。姉が目敏く気付き声をかける。
「彼女?」
黄瀬は苦虫を噛み潰した顔で思い切り不機嫌そうに返した。
「絶対違う」
そうであったらばとさえ思わなかった。
黒子が女であったらばとなど絶対に思わない。そんなものは黒子ではない。黒子テツヤではない。あの人ではない。そして黄瀬はどうともしたくないしどうにもなりたくない。どうしたらいいかなどと問うその口で、本音はいつでも頑なに幸せと今との延長を望む。いつかの中学三年、すべてがバラバラと崩れ落ちてなくなってゆくのを知らないままに体感していたそのときのように。黄瀬はまるで何も分かってなくて分かってないなりに理解してしまえる。生き残って、より優れた者になってしまえる。そんなだから大切な人さえどこにも居ない子供になってしまえたのに。
本当は居たのに。
いつも傍に、すぐそこに。
(君のままに)
なんて、なんて残酷な言葉だろうと思う。慈しみでも気遣いでさえもない。黒子の言葉はいつだって酷い。
マフラーを巻き終え外套の釦をしっかりととめる。黄瀬は家を出た。約束は最寄りの駅改札前だった。薄い彼はこちらにお構いなしに黄瀬を見つけてしまった。
「こんばんは、黄瀬くん」
数日前に会ったままと当然変わるべくもない黒子の顔と躰とかが目の前に立っていた。
駅構内は騒めいていて、お互いの声は少しばかし届きにくかった。
「黒子っちは家の方はいいの? 俺と来るのでよかったの?」
そんな気遣いのようなものまで断片でしか伝わらなかった。黒子は耳に掌を寄せてよく聞こえなかったことを示す。黄瀬はどうにも苛ついてしまって、その耳元に唇を寄せて言葉を放した。「来てくれてありがと」
どういたしまして、と黒子が云った。
口は開閉するばかりでその声も届かなかった。
大きなところでなくていい、という黒子の意見で近所の神社へ参拝することになった。
住宅街の隅にひっそりと息づくように行灯を連ねて妖しく誘うその場所は、厳かさと共に静謐だった。ぶら下がる提灯はゆらゆらと残滓を残して光の道を作っていた。その道筋は幾重にも重なり繋がり、境内へと人々の足をほっそりと向けさせいざなう。案内する。二人もまた、そのうつろうあえやかな光の筋の連なりに従い、互いの歩幅で歩いていった。鳥居をくぐれば境内はすぐそこだった。階段を踏みしめてふと黄瀬は雪がないことに気づき少しだけつまらなく感じた。
「今年は温かいんですね」
手袋越しに指を揉み寒さをほぐす黒子がぽつねんと呟いた。なるほど同じことを考えていたらしかった。まったくおかしくもなく嬉しくもなかった。黄瀬は狂おしくて苦しくて、ただ左の胸のあばらの奥がぎゅうと縮まり壊れてしまうような恐怖を感じた。怖くて、痛くて、辛かった。愛しさは苦痛だった。夜の暗闇に、提灯の朧な飴色の光が、薄いはずの彼の輪郭をぼんやりとしかしはっきりと映し出していた。水色の瞳がしっかりと前を向いて、足は地を踏みしめていた。それを横目に黄瀬はただ俯いて苦しみに耐えた。飴色の光が水色の水晶に混じることなく表面を焦がすように照り返す様はまるで湖上の鬼火を見るような神聖ささえあった。綺麗だった。苦しかった。夜は深まってゆくばかりだった。
どこかで除夜の鐘が鳴っている。それを聞いて、黒子が云う。
「どうしたらいいか、って訊いてましたよね」
階段が終ってしまい、境内に居た。そこかしこにちらほらと人影があった。黒子は終わってしまった提灯の飴色の光を失くし、夜半の暗闇に溶け込んで、隣の黄瀬を見上げていた。その瞳の奥の湖はもう見えなかった。かろうじて髪の一筋がすっと透って徹って、光った。
黄瀬は何も返せずにいる。意図が掴めずにいる。「あー、うん、」曖昧な吐息が誤魔化すように零れ落ちてゆく。
「どうもしなくて、いいと思うんです」
黒子が云った。
「どうにかしたくないです。どうにもなりたくないです。ボクは。君もそうだから、あんなこと訊いてきたんでしょう?」
「そうだけど、」
「ボクは、今のままがいいです。黄瀬くんのことを、これ以上考えたくないです」
なんてひどいことを云われたのだろうか。黄瀬はそう思い、思わなかった。それは黄瀬の思いと同じだったからだ。このままが良かったし、変えたくなかった。どうにもなりたくなかった。ただこの人とこのままで笑い合いたい。友として傍に居たい。そればかりだった。それしかなかった。
それなのに、手が伸びてしまう。手は伸ばされてしまう。
黄瀬は知らず知らず、その長い自らの指を黒子の頬へと伸ばしていた。武骨過ぎず、か細すぎない美しいその指先は冷えていて、そして震えていた。胸の奥は早鐘で破滅してしまいそうだった。ぬかるみに沈んで呼吸も奪われかねないのだ。苦しいのだ。怖いのだ。こんなのは嫌なのに、そのくせどうしたって、黄瀬は嘘吐きになる。どうか今の幸福の形を。願う唇で、言の葉の先で。彼に口付けて、しまう。唇と吐息と、嘘とを重ね合わせてしまう。合わせてしまった。
黄瀬は黒子に口付けていた。
ふるりと、黒子の睫毛が震えてわななくのが見えた。たった一瞬の掠めるようなキスの合間にも、彼の睫毛に微粒の光の粒がきらりと輝き光源を発しているのが見えた気がした。それは涙とよばれるものだったかもしれない。嫌われたのだろうか、不快だったろうか。ぐるぐるした。黄瀬も泣きそうだった。泣いてしまいたかった。こんなのは嫌だった。大切なものを失う予感がしていた。大切なものを壊したと悟っていた。黄瀬はまた気付けなかった。気付かぬうちに大切なものはバラバラと崩れて焦げて灰になって沼に沈んでいった。黄瀬の足元もとっくに浸かっていた。彼の涙がひとあくの金剛石のようにきらりと落ちていった。
「ごめん、」
云いかけた言葉はけれど続けられようもなかった。黄瀬はその先を云えない。伝えられない。だってこのままがいいのだ。嘘吐きめ、このままを望むなら何故、キスなんてしたんだ。黒子はゆるゆると睛を見開いて、透明の水の底を晒した。その底が見えなかった。答えも落ちてはいなかった。除夜の鐘が百八つ目を終えた。二人は年と年との時間の境を跨いでいた。二人で見詰め合っていた。手も繋がずに涙することすら出来ずに、ただ無い言葉で見詰め合うしかなかった。
「ズルいですね、君」
ようやっと黒子が口を開いたときには、黄瀬はぼろぼろと慟哭のような泣き方を晒していた。壊してしまった、失くしてしまった、あんなに大切だったのに。後悔ばかりが先立って、いつしか蹲って泣きじゃくりもした。黒子はその大きな背と小さな後頭部とを見詰めて見下ろして口惜しそうに顔を歪ませた。「ズルいですよ、黄瀬くん」
頭を撫でなかった。手も繋がなかった。このままただ今までを続けていたかった。それなのに嬉しいのは、黒子のせいだった。どう足掻いてもどう嘘を並べ立てても、黒子が悪かった。黄瀬は泣きじゃくった。黒子も泣きたかったけれど、泣けそうもなかった。苦しいばかりでなにも出てはこなかった。
鐘は終わり、新しい年が始まっていた。
二人の友情は壊れてしまった。
(大罪を犯したのです)
#黄黒