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ジギタリス
――それは暗い場所。寂しい場所。そんなところに咲いているから、あなたは忌まれてしまのよ、嫌われて疎まれて嫉まれて蔑まれて、しまうのよ。
1.ストロベリーの庭にて
目の中がちかちかした。瞬いて、爆ぜていた。赤に明滅して、黒にくすんで、緑に点滅する。そのうち、やっと視界が開けてくる。それが、いつもの症状だった。アメリカは、世界会議の折、休憩中に訪れたそれに目を伏せていた。思い起こすのはいつかの記憶だった。ストロベリーの庭。無垢なる白い花が、咲いていた。雑草に混じり、赤い実が色彩を落とす。ぽつぽつ、ぽつぽつと。それを、幼いアメリカは摘んでいた。服の裾をたくし上げて、その溝に、かの実を落として詰め込んでいった。イギリスに渡そうと考えていた。彼は、自分が送るものはなんだって喜んでくれる。だから、たくさん摘んだ。小さな赤い実を、ときどき虫が顔を出すそれらを、一つ一つ丁寧に。
イギリスは俺が送るものはなんだって喜んでくれる。
イギリスは俺が言う言葉をなんだって受け入れてくれる。
早く会いたいなあ、そうこぼして、空を見上げていた。そのときだった。背後で草を踏みしだく音がした。誰かと思って振り返れば、近くの農村の子供たちが、幼いアメリカを囲んでいた。アメリカは、この一場面をよく思い出す。かれらの顔を、自分は確かに見上げていたはずなのに、見詰めていたはずなのに、思い起こされる記憶の中、かれらはいつも口元から上がなかった。にんやりと嘲笑う、その口元だけが浮き上っていた。
幼いアメリカは、「なんだい?」と訊いてみた。子供たちは、くすくす笑い合ってのちに、鈴の鳴るよな幼くも愛らしい声音で言った。
「おまえ、ほんとうに人間じゃないの?」
少年が笑顔で言う。アメリカは、「そうだけど、」と、至極当たり前のように返す。すると、わっ、と喚声が上がり、子供たちは一層騒がしく、囃し立てるように捲くし立てた。
「ほんとのほんとに?」「おとうさんも、おかあさんも、いないの?」「なんで?」「じゃあおまえっておばけ?」「ばか、ちがうよ、化け物だよ。絵本に出てきたじゃないか」
思い思いに、鮮やかに、振幅の高い話し声が綴られる。
アメリカは黙っていた。黙ってストロベリーの実を、指の先で転がしていた。もしかして、この子たちは、俺が国だっていうことを知らないのかもしれない、と考えていた。もしそうなのだとしたら、この子たちは、すごくおばかなんだぞ、とも。考えていた。
君らは人間だけど、君らが人間だから、俺がいるのに。
「俺は国だもん。人間のおとうさんもおかあさんもいないんだぞ。」
子供たちが、めいめいに笑みを浮かべながらアメリカに近寄ってくる。
「でも、俺にはイギリスがいるもの。」
その言葉は、とても温かな響きを含んでいた。
安らかな吐息をくれる人、穏やかな眠りを連れてきてくれる人。その人を思えば、こんな小さな赤の果実さえ、どこまでも愛しくなる。その愛しさを目でわかり手で触れて伝えられる量にしたくて、もっと果実を摘んでしまわなければ、と思う。
だから、アメリカは子供たちの存在をほっぽいて、苺摘みに再び取り掛かろうとした。腰をかがめて、緑の絨毯に俯こうとした。
そしてその背を、蹴られた。
「なんでむししてんだよ!」
こどもたちは輪になってアメリカを取り囲んだ。
幼いアメリカには、なにがなんだか分からなかった。何故蹴られなければならないのかも、この子供たちが何をしたいのかも、何も分からなかった。ただ、捲り上げた服の裾に溜まった果実たちは、ころころと緑に落ちていってしまった。そして半ば見えなくなってしまう。伸びた蔓蔦が、足に絡まるような、そんな緑に。
それが、アメリカには非常に腹ただしく思われた。
せっかく拾ったのに!憤りは一瞬の間に沸いた。顔を上げようとして、その顔に土が投げられた。子供たちの中でも、一際美しい、アッシュブロンドの髪の少女が投げたのを、アメリカは見た。少女は、緑の瞳をしていた。新緑よりも尚深い、森の色をしたイギリスの瞳が思い起こされた。イギリスのあたたかな、包むような声音と笑みが脳裏を掠める。アメリカは、幼いアメリカは、唐突に強い恥辱に見舞われた。頬がかっと照って、頭の中、胸の奥、肺の下が、ぎゅうと縮こまり、思考が赤く明滅したのを感じた。そして、次に意識した視界の中には、転倒した少女が、緑の間に間に倒れこんでいた。アメリカが突き飛ばしたのだ。それも、常人よりも強めの腕力でもって。
子供たちは、アメリカのその行動に一斉に喚いた。めいめいに逃げ出そうとして、草を踏み砕き、花を蹴散らし、果実を破傷させて、四方に散った。アメリカは、まだ、頭の中が赤かった。ストロベリーの果実よりも果肉よりも赤かった。内臓さながらの毒々しい赤が、幼い彼の思考に覆いかぶさっていた。
「ばけもの!」
子供の一人が叫ぶ。
それが、鼓膜に、こだま。
ばけものは、みんなから嫌われて、村から追い出されてしまいましたとさ。
イギリスが諳んじていた、お伽噺。その一部が、耳のうちをふいに不用意に、くすぐった。その優しい記憶が、声が、受けた恥辱を赤く濡らした。増長させた。拡大させて肥大化させた。
「ちがう、」
倒れて意識の飛んだ少女に馬乗りになって、幼い小さなアメリカは、叫ぶように、唱えた。
「ちがう、おれは、イギリスに愛されてるもの、」
「ばけものじゃない、」
嫌われてなんかない。
その首に手をかけた。
*
「おかえり、アメリカ」
アメリカが帰ると、そこには本国から渡ってきたばかりのイギリスが居た。
「イギリス!」
アメリカは、泥で汚れた顔を綻ばせてイギリスの胸の中へ突進し、きつくきつく、抱き締めた。当たり前のように、広い腕は小さな背にまわされて、やわい温度でアメリカを抱きしめ返す。しばらく、二人はそのまま互いの感触と感覚とを味わう。お互いがそこに居ることを確認する。そして、約束のように、誓いのように、顔を見合わせて、笑う。はにかむ。
「元気だったか?ちょっと大きくなったな。」
「うん。背、伸びたんだぞ!」
「また外で遊んできたのか?泥、ついてるじゃないか、」
「うん、村の子供たちと遊んでたんだ。」
「アメリカは人気者だな。」
イギリスは、そう言って頭を撫でる。
アメリカは、初めて故意に嘘を吐いた。
ねえ、だっておれ、嫌われてなんかないもの。
イギリスが抱き締めてくれる。
イギリスが笑ってくれる。
ほら、おれはアイされてるんだぞ!
だから、起きてよ。君に教えてあげるよ。
君らがおれなんだって。
おれはイギリスにあいされてるから、君たちはおれだから、だから、だいじょうぶ。
ねえ、ばけものじゃないよ。おれは、君だよ。君らの言う、おとうさんやおかあさんだよ。
…おれは、あいされてるんだぞ。
アメリカが何度そう呼びかけても、倒れた少女は起き上がらなかった。
イギリスに似たアッシュブロンドの髪が、緑の絨毯に散る。散って、その毛先に、潰れた赤の果実が落ちて崩れて染みている。
腐臭のするようなその甘美な光景は、水晶体と、網膜と、視神経と、そして脳裏に、焼きついて離れなかった。消えなかった。
少女から香る、甘酸っぱいストロベリヰーの、匂い。
「ほら、アメリカ」
腐食の光景に思いを馳せていた小さなアメリカをよそに、目の前のイギリスは、屈んだまま、アメリカに小さな小瓶を差し出した。
「今日の分の薬だよ」
2.かわいそうという言葉は彼がためにあった
「というわけで、反対意見は認めないんだぞ!」
休憩の終わったのち始まった会議で、いつもどおりの台詞をいつもどおりにアメリカは発した。ホスト国である日本は困惑し、イタリアは昼寝を、ドイツはマニュアルのような怒声を、フランスはコーヒーを優雅に、ロシアはにこにこ笑い、中国は辟易するような顔でいた。それら国々に挟まれて、イギリスがただひとり、冷めて醒めた眼で、すべてを見ていた。蒼き傍観者の、冷徹な表情だった。いつもの彼らしからぬ、その色味だった。
(こども、)
いつまでも変わらない愛し子。その姿に、思いを馳せる。馳せて、回想と追憶がイギリスの中で始まった。駆けるよりも尚早く、まどろむよりも尚遅く、静かに上映が、始まる。
それは、まだアメリカが幼く、小さく、新大陸と呼ばれていた頃だった。
「もうかえっちゃうの?」
愛し子が、別れを惜しみ、港で涙ぐむ。イギリスはその姿を見詰めながら、「またすぐに会えるから、だからその日まで、元気でな」と返した。小さなアメリカは黙ってこくりと頷く。「ねえ、ひとつ教えて、イギリス」
「なんだ?」
もじもじと、子供は質問する。
「おれは、イギリスにあいされてるよね?」
ふ、と、小さな笑みが漏れた。「当たり前だろう。俺の愛しいアメリカ、」そう言って、この逢瀬の最後の抱擁を交わした。笑みは途絶えなかった。別れの辛さよりも、そう、イギリスの心には、安穏として陰鬱で、仄暗いある言葉が、思いが、ずっと頭を占めていた。
それは、端的に言うならば、支配欲と同種のそれだった。
自らを必要とする小さな子供の姿に、言いようのない充足感を、イギリスは抱いていた。
(そう、それでいい)
(俺の、俺だけの、小さなアメリカ)
優しいのに、獰猛な笑み。それが張り付いて剥がれなかった。
粘着質に、あるいは透徹に。
帰国して、まず初めにイギリスはバスルームへ向かった。服を脱ぎ、マザーグースを口ずさみながら、
(どうせ、この身は人のものではないのだから、
)
深い刃渡りの刃物を取り出し、自分の陰茎へひたりと当てた。
(どうせすぐに、生えてきやがるさ。)
そのままスライドして、切り落とす。
(駒鳥いったい誰が殺したの?)
(ざんねん、人ではないものでした!
)
刻んだそれと、自らの血とを盆に載せ、イギリスは庭へ移動する。母屋から伸びてしな垂れるような影の向こう、寂しい場所に、イギリスは向かった。ポケットから種を取り出した。あらかじめ掘り返しておいた土の中へ、種を落とす。あの花の種を落とす。そして、刻んだ自らの陰茎を落として、埋めて、何事もなかったかのように土を被せた。
はやく咲かないかな。
イギリスはまだ笑っている。
花はジギタリスと言った。暗い場所に咲く、魔女の花だった。本来ならば数ヶ月をかけて咲くはずのそれは、種を落としてからすぐ、次にイギリスが新大陸へ渡航する頃までには、青々と陰鬱に、憂鬱なロケットが空へと突き出すように咲き誇っていた。イギリスが込めた呪いの成果か、はたまた共に埋めた彼の一部がもたらした作用だったのかは定かではなかったが、イギリスはその花を摘んで、磨り潰して煎じて煮詰めて、ひとつの薬を作り出した。親指ほどの小さな硝子の小瓶に、その青々とした液体を注ぎ込み、ポケットへと大事にしのばせた。そして、彼の愛しき子供の元へと海を渡ってゆく。
港で再会を果たすと、いつも通り、子供は愛らしく笑っていた。イギリスもやはり笑みを返した。「あのね、昨日は新しい友達ができたんだ。イギリスにもあとで紹介するね。」無邪気に、笑い声。彼を見上げる子供の笑みには、曇りも翳りも、憂鬱の影さえない。対して、それを見下ろして笑うイギリスの笑みは、どこか黒々としていて、影を作っては、年齢にそぐわない童顔を仄かに暗く浮き彫らせていた。それはどこか視る者に畏怖さえ抱かせる虚ろさであった。
最も、イギリスの仄暗き面など気付きもしない子供は、やはり無邪気に笑って、彼の不在の間に起こったことを事細かに説明しようと四苦八苦している。語彙の少なさからか、うまく説明できないもどかしさに時折涙ぐんでいる様は、あまりに愛らしくいとおしくて、これからするであろう自らの行為に、言いようのない快感と高揚感、そして背徳感とをイギリスの内に浮き上がらせた。
港を離れて、子供の家へと向かう。世話役の者を下がらせて、イギリスは子供と二人っきりで談笑した。子供は港での会話の続きを拙いながら話し、イギリスはそれに耳を傾ける。それらの行為は、まるで温かな家庭のようだった。安らぎのようだった。
子供が会話に一息ついたとき、イギリスは思い出したように、そのくせ、ずっと思考の中心に据えたままだった小瓶をポケットから取り出した。
「なんだい?それ、」
「これはな、秘密の薬だよ。」
小瓶の中、小さな水面を虹色に光らせて、青い液体が回る。
くるくる。とぷん。
「アメリカのために、俺が作ってきたんだよ。」
「俺のために?」
途端、わっと、その顔に輝きが増す。「なんのお薬なんだい?!」
イギリスは少しもったいぶるようにしながら、子供を膝に乗せて、安楽椅子を揺らした。「これはだな…、」きらきらと、待ち遠しそうに子供の目が輝いてゆく。
「これは、俺とアメリカの絆を強くするお薬だよ。」
「きずな?」
「そう、絆。」
ふうん?頭中の語彙にまだ登録されていない単語だったらしく、柔らかな首を傾げ、子供はとりあえず返事をした。イギリスは苦笑する。
「俺が、もっともっとお前を愛して、お前がもっともっと俺を愛することの出来るお薬さ。」
噛み砕いて、説明する。
すると、子供の中に浮かんでいた疑問符は解消されたらしく、ぱっと、大きな太陽がその顔に咲いて、イギリスを照らした。眩しいほどに純粋な、明るい笑み。彼を信じて疑わないその心。
イギリスは、それら全てに、内心で舌なめずりをした。
「アメリカ、口を開けて。」
黙って、子供は従う。イギリスは自らの口にその液体を含み、子供の口内へと口移しした。
驚いて、子供は目を見開く。その目には、耽美に淫靡に、目尻を細めて、柔らかく笑みを象るイギリスの顔が間近に見えていた。初めて、こんな距離に彼の顔を見ていた。驚きを抱きながら、そのまま素直に、喉の奥へと液体を通す。
こくん。
「…飲んじゃった。」
「大丈夫だよ、毒なんかじゃないから。すぐには効き目が出ないから、定期的にこうやって飲もうな。」
膝の上の子供に、イギリスは言う。子供は不思議そうに、うん、と応えた。
「愛してる、愛してるよ、アメリカ。俺の愛しいアメリカ。お前だけを愛してる。お前だけ。お前だけ愛してるよ。愛してるよ。アメリカ。俺のアメリカ。」
そう、お前だけが、俺を愛してくれる存在に育つんだよ。
呪詛のように、安楽死のように、イギリスは繰り返しアメリカに言い続けた。
*
「アメリカ!きちんと会議を進行させろ!!」
ドイツの怒鳴り声で、イギリスは我に返った。
怒鳴られた先には、アメリカがハンバーガーを片手に黒板に新しいヒーローの考案図とやらを書いている。各国はもう会議自体を放棄し始めており、早くもだらけたムードが部屋全体に充満していた。それにドイツだけが抗っている。
嬉々として「反対意見は認めないんだぞ!」を繰り返すアメリカを見詰めながら、イギリスは思う。ずいぶん大きくなったものだ、と。膝の上に収まるサイズだったのに、今はイギリスの方が、その膝に収まってしまうという有様だ。
やいのやいのの会議室の喧騒を他人事のように見渡しながら、ふと、もしかしてそろそろなのではないだろうかと、そんな考えが浮かんだ。
そろそろ、薬が切れる頃合じゃないだろうか。
あとで様子を訊きに行くか。
そこまで考えて、
次の刹那には、いつものフラッシュバックが瞬いていた。
鳩尾を蹴り上げられる。拳を石で幾度も打たれる。頭を踏みしだかれ、足の骨が折られた。笑い声がした。兄たちの笑い声。大丈夫、どうせすぐ生えてきやがるさ。そうして、真っ黒な顔をした彼らが、イングランドの指をつかんで、ナイフを宛がって、血の匂いと全身には焼けるような痛みが走って血が流れて止まらなくて笑い声が突き刺さって――。
違う。これは、過去の話だ。過去の残像だ。陰影だ。
違う。今じゃない。現実じゃない。
イギリスは理性を立て直した。脳裏の映像をすべて取り払った。荒くなりかけた呼吸を静めた。深呼吸を一つして、なんとか平静を取り戻し、繕った。
大丈夫だ。大丈夫なんだよ、イングランド。
視線の先にはアメリカが居た。快活に、太陽の笑みで周囲を照らす、自分の愛するアメリカが。自分を愛してくれるアメリカが。
大丈夫。アメリカが居るんだ。アメリカは、俺を愛してくれる。あの人たちのように俺を傷つけたりしない。俺を傷つけない。愛する。俺だけ。俺だけ。そう、だから大丈夫、だいじょうぶなんだよ、イングランド。
だって、そのために、あいつは生まれたんだから。
そういう風に、俺が育てたんだから。
いつかのように、イギリスは仄暗く、黒々とした陰影の笑みを浮かべる。
だいじょうぶと、あいしてるの呪詛を繰り返して。
何処からか、ジギタリスの芳烈な香りがした。
3.なれのはて
結局、会議は一旦中断された。
「美国の無茶振りにはほとほと付き合いきれねえある。」
会議室の外、喫煙席の横に設けられたラウンジで、各国が思い思いに休憩を取っていた。中国は、手にした烏龍茶をぐびぐびと勢いよく飲み干しながらぼやく。窓際のソファーに腰掛けて、肩のこりをほぐしながらフランスが会話に参入した。
「あの坊ちゃんに育てられたんじゃあね、」
「二人ともそっくりだもんねえ。」
そこに、にこにこと笑みを貼り付けたロシアが加わった。
「そうある。そっくりある。全く、全部あへんのせいある。」
「あはは、」
そんな会話をしながら、フランスだけが一人、複雑そうに、顔に小さな皺を作った。
「よお、アメリカ。」
暗い場所だった。陰鬱で、陰気で、陰惨な、暗い場所にアメリカは居た。視力は回復しておらず、アメリカの周囲はただただ暗くて、色々な光が明滅しては途絶えた。彼は実際のところ、会議の行われているビルの他の階のラウンジで休んでいただけだったのだが、しかし彼の視界はただ暗闇と光の明滅だけに留まっており、漆黒の夜に居るも同じだった。
目が、見えていなかった。
「……イギリス?」
恐る恐る、かけられた声に応える。かつかつと、靴音が近づいてきた。
「そろそろかと思ってな。」
「……うん、ジャストタイミングなんだぞ。」
ラウンジに設置されたソファへ座るアメリカに、イギリスの影が伸びて重なった。
その表情は、アメリカには見えない。視得ていない。
「ほら、」
イギリスが鞄から小瓶を取り出す。いつかの青い液体が、ジギタリスの呪いが、そこには並々と注がれていた。たゆたっていた。水面は七色に、プリズムの反射光のように光っていた。そして一弁、青い花弁が泳いでいる。
小瓶の蓋を外し、イギリスはそれを口に含む。明後日の方向を黙視するアメリカの顔を、自らの方向へと、その頬に手を添えることで向かせて、位置を固定させる。
そして、ゆっくり、口付けた。
噛み千切るように、食い千切るように、悔い契るように。
誓いのキスのように。
唇を食んで、口移して、
呪詛の液体を愛しい子供の喉奥へと注ぎ込んだ。
「……視えるか?視力は戻ったか?俺の顔、見えるか?」
「……、……、うん、視えるよ、イギリス。」
「そうか、よかった。」
アメリカの開いた視界の中で、イギリスが笑った。
初めての症状は、独立してまもなくの頃だった。視界がちかちかと瞬き始め、色が飛び散り、ふっと、垂れ幕を目の前に落とされたように、何もかもが視えなくなった。
医師に診てもらっても、原因は分からずじまいだった。だが、アメリカには心当たりがあった。イギリスと距離を置いて、独立して、久しくあの薬を口にしていなかったのだ。
その後国交を取り戻した際に、アメリカはあの青い薬を口にしながら、イギリスに問うてみたことがあった。
あれは、いったい本当は何の薬だったのか、と。
彼は仄かに頬を緩めて、至極幸せそうに笑って言った。
「俺の愛だ」と。
ジギタリス:
花言葉「熱愛」「不誠実」「隠し切れない恋」
毒草になるか薬草になるかは使う人次第。
#アルアサ
#中編
2024.10.15
No.28
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1.ストロベリーの庭にて
目の中がちかちかした。瞬いて、爆ぜていた。赤に明滅して、黒にくすんで、緑に点滅する。そのうち、やっと視界が開けてくる。それが、いつもの症状だった。アメリカは、世界会議の折、休憩中に訪れたそれに目を伏せていた。思い起こすのはいつかの記憶だった。ストロベリーの庭。無垢なる白い花が、咲いていた。雑草に混じり、赤い実が色彩を落とす。ぽつぽつ、ぽつぽつと。それを、幼いアメリカは摘んでいた。服の裾をたくし上げて、その溝に、かの実を落として詰め込んでいった。イギリスに渡そうと考えていた。彼は、自分が送るものはなんだって喜んでくれる。だから、たくさん摘んだ。小さな赤い実を、ときどき虫が顔を出すそれらを、一つ一つ丁寧に。
イギリスは俺が送るものはなんだって喜んでくれる。
イギリスは俺が言う言葉をなんだって受け入れてくれる。
早く会いたいなあ、そうこぼして、空を見上げていた。そのときだった。背後で草を踏みしだく音がした。誰かと思って振り返れば、近くの農村の子供たちが、幼いアメリカを囲んでいた。アメリカは、この一場面をよく思い出す。かれらの顔を、自分は確かに見上げていたはずなのに、見詰めていたはずなのに、思い起こされる記憶の中、かれらはいつも口元から上がなかった。にんやりと嘲笑う、その口元だけが浮き上っていた。
幼いアメリカは、「なんだい?」と訊いてみた。子供たちは、くすくす笑い合ってのちに、鈴の鳴るよな幼くも愛らしい声音で言った。
「おまえ、ほんとうに人間じゃないの?」
少年が笑顔で言う。アメリカは、「そうだけど、」と、至極当たり前のように返す。すると、わっ、と喚声が上がり、子供たちは一層騒がしく、囃し立てるように捲くし立てた。
「ほんとのほんとに?」「おとうさんも、おかあさんも、いないの?」「なんで?」「じゃあおまえっておばけ?」「ばか、ちがうよ、化け物だよ。絵本に出てきたじゃないか」
思い思いに、鮮やかに、振幅の高い話し声が綴られる。
アメリカは黙っていた。黙ってストロベリーの実を、指の先で転がしていた。もしかして、この子たちは、俺が国だっていうことを知らないのかもしれない、と考えていた。もしそうなのだとしたら、この子たちは、すごくおばかなんだぞ、とも。考えていた。
君らは人間だけど、君らが人間だから、俺がいるのに。
「俺は国だもん。人間のおとうさんもおかあさんもいないんだぞ。」
子供たちが、めいめいに笑みを浮かべながらアメリカに近寄ってくる。
「でも、俺にはイギリスがいるもの。」
その言葉は、とても温かな響きを含んでいた。
安らかな吐息をくれる人、穏やかな眠りを連れてきてくれる人。その人を思えば、こんな小さな赤の果実さえ、どこまでも愛しくなる。その愛しさを目でわかり手で触れて伝えられる量にしたくて、もっと果実を摘んでしまわなければ、と思う。
だから、アメリカは子供たちの存在をほっぽいて、苺摘みに再び取り掛かろうとした。腰をかがめて、緑の絨毯に俯こうとした。
そしてその背を、蹴られた。
「なんでむししてんだよ!」
こどもたちは輪になってアメリカを取り囲んだ。
幼いアメリカには、なにがなんだか分からなかった。何故蹴られなければならないのかも、この子供たちが何をしたいのかも、何も分からなかった。ただ、捲り上げた服の裾に溜まった果実たちは、ころころと緑に落ちていってしまった。そして半ば見えなくなってしまう。伸びた蔓蔦が、足に絡まるような、そんな緑に。
それが、アメリカには非常に腹ただしく思われた。
せっかく拾ったのに!憤りは一瞬の間に沸いた。顔を上げようとして、その顔に土が投げられた。子供たちの中でも、一際美しい、アッシュブロンドの髪の少女が投げたのを、アメリカは見た。少女は、緑の瞳をしていた。新緑よりも尚深い、森の色をしたイギリスの瞳が思い起こされた。イギリスのあたたかな、包むような声音と笑みが脳裏を掠める。アメリカは、幼いアメリカは、唐突に強い恥辱に見舞われた。頬がかっと照って、頭の中、胸の奥、肺の下が、ぎゅうと縮こまり、思考が赤く明滅したのを感じた。そして、次に意識した視界の中には、転倒した少女が、緑の間に間に倒れこんでいた。アメリカが突き飛ばしたのだ。それも、常人よりも強めの腕力でもって。
子供たちは、アメリカのその行動に一斉に喚いた。めいめいに逃げ出そうとして、草を踏み砕き、花を蹴散らし、果実を破傷させて、四方に散った。アメリカは、まだ、頭の中が赤かった。ストロベリーの果実よりも果肉よりも赤かった。内臓さながらの毒々しい赤が、幼い彼の思考に覆いかぶさっていた。
「ばけもの!」
子供の一人が叫ぶ。
それが、鼓膜に、こだま。
ばけものは、みんなから嫌われて、村から追い出されてしまいましたとさ。
イギリスが諳んじていた、お伽噺。その一部が、耳のうちをふいに不用意に、くすぐった。その優しい記憶が、声が、受けた恥辱を赤く濡らした。増長させた。拡大させて肥大化させた。
「ちがう、」
倒れて意識の飛んだ少女に馬乗りになって、幼い小さなアメリカは、叫ぶように、唱えた。
「ちがう、おれは、イギリスに愛されてるもの、」
「ばけものじゃない、」
嫌われてなんかない。
その首に手をかけた。
*
「おかえり、アメリカ」
アメリカが帰ると、そこには本国から渡ってきたばかりのイギリスが居た。
「イギリス!」
アメリカは、泥で汚れた顔を綻ばせてイギリスの胸の中へ突進し、きつくきつく、抱き締めた。当たり前のように、広い腕は小さな背にまわされて、やわい温度でアメリカを抱きしめ返す。しばらく、二人はそのまま互いの感触と感覚とを味わう。お互いがそこに居ることを確認する。そして、約束のように、誓いのように、顔を見合わせて、笑う。はにかむ。
「元気だったか?ちょっと大きくなったな。」
「うん。背、伸びたんだぞ!」
「また外で遊んできたのか?泥、ついてるじゃないか、」
「うん、村の子供たちと遊んでたんだ。」
「アメリカは人気者だな。」
イギリスは、そう言って頭を撫でる。
アメリカは、初めて故意に嘘を吐いた。
ねえ、だっておれ、嫌われてなんかないもの。
イギリスが抱き締めてくれる。
イギリスが笑ってくれる。
ほら、おれはアイされてるんだぞ!
だから、起きてよ。君に教えてあげるよ。
君らがおれなんだって。
おれはイギリスにあいされてるから、君たちはおれだから、だから、だいじょうぶ。
ねえ、ばけものじゃないよ。おれは、君だよ。君らの言う、おとうさんやおかあさんだよ。
…おれは、あいされてるんだぞ。
アメリカが何度そう呼びかけても、倒れた少女は起き上がらなかった。
イギリスに似たアッシュブロンドの髪が、緑の絨毯に散る。散って、その毛先に、潰れた赤の果実が落ちて崩れて染みている。
腐臭のするようなその甘美な光景は、水晶体と、網膜と、視神経と、そして脳裏に、焼きついて離れなかった。消えなかった。
少女から香る、甘酸っぱいストロベリヰーの、匂い。
「ほら、アメリカ」
腐食の光景に思いを馳せていた小さなアメリカをよそに、目の前のイギリスは、屈んだまま、アメリカに小さな小瓶を差し出した。
「今日の分の薬だよ」
2.かわいそうという言葉は彼がためにあった
「というわけで、反対意見は認めないんだぞ!」
休憩の終わったのち始まった会議で、いつもどおりの台詞をいつもどおりにアメリカは発した。ホスト国である日本は困惑し、イタリアは昼寝を、ドイツはマニュアルのような怒声を、フランスはコーヒーを優雅に、ロシアはにこにこ笑い、中国は辟易するような顔でいた。それら国々に挟まれて、イギリスがただひとり、冷めて醒めた眼で、すべてを見ていた。蒼き傍観者の、冷徹な表情だった。いつもの彼らしからぬ、その色味だった。
(こども、)
いつまでも変わらない愛し子。その姿に、思いを馳せる。馳せて、回想と追憶がイギリスの中で始まった。駆けるよりも尚早く、まどろむよりも尚遅く、静かに上映が、始まる。
それは、まだアメリカが幼く、小さく、新大陸と呼ばれていた頃だった。
「もうかえっちゃうの?」
愛し子が、別れを惜しみ、港で涙ぐむ。イギリスはその姿を見詰めながら、「またすぐに会えるから、だからその日まで、元気でな」と返した。小さなアメリカは黙ってこくりと頷く。「ねえ、ひとつ教えて、イギリス」
「なんだ?」
もじもじと、子供は質問する。
「おれは、イギリスにあいされてるよね?」
ふ、と、小さな笑みが漏れた。「当たり前だろう。俺の愛しいアメリカ、」そう言って、この逢瀬の最後の抱擁を交わした。笑みは途絶えなかった。別れの辛さよりも、そう、イギリスの心には、安穏として陰鬱で、仄暗いある言葉が、思いが、ずっと頭を占めていた。
それは、端的に言うならば、支配欲と同種のそれだった。
自らを必要とする小さな子供の姿に、言いようのない充足感を、イギリスは抱いていた。
(そう、それでいい)
(俺の、俺だけの、小さなアメリカ)
優しいのに、獰猛な笑み。それが張り付いて剥がれなかった。
粘着質に、あるいは透徹に。
帰国して、まず初めにイギリスはバスルームへ向かった。服を脱ぎ、マザーグースを口ずさみながら、
(どうせ、この身は人のものではないのだから、
)
深い刃渡りの刃物を取り出し、自分の陰茎へひたりと当てた。
(どうせすぐに、生えてきやがるさ。)
そのままスライドして、切り落とす。
(駒鳥いったい誰が殺したの?)
(ざんねん、人ではないものでした!
)
刻んだそれと、自らの血とを盆に載せ、イギリスは庭へ移動する。母屋から伸びてしな垂れるような影の向こう、寂しい場所に、イギリスは向かった。ポケットから種を取り出した。あらかじめ掘り返しておいた土の中へ、種を落とす。あの花の種を落とす。そして、刻んだ自らの陰茎を落として、埋めて、何事もなかったかのように土を被せた。
はやく咲かないかな。
イギリスはまだ笑っている。
花はジギタリスと言った。暗い場所に咲く、魔女の花だった。本来ならば数ヶ月をかけて咲くはずのそれは、種を落としてからすぐ、次にイギリスが新大陸へ渡航する頃までには、青々と陰鬱に、憂鬱なロケットが空へと突き出すように咲き誇っていた。イギリスが込めた呪いの成果か、はたまた共に埋めた彼の一部がもたらした作用だったのかは定かではなかったが、イギリスはその花を摘んで、磨り潰して煎じて煮詰めて、ひとつの薬を作り出した。親指ほどの小さな硝子の小瓶に、その青々とした液体を注ぎ込み、ポケットへと大事にしのばせた。そして、彼の愛しき子供の元へと海を渡ってゆく。
港で再会を果たすと、いつも通り、子供は愛らしく笑っていた。イギリスもやはり笑みを返した。「あのね、昨日は新しい友達ができたんだ。イギリスにもあとで紹介するね。」無邪気に、笑い声。彼を見上げる子供の笑みには、曇りも翳りも、憂鬱の影さえない。対して、それを見下ろして笑うイギリスの笑みは、どこか黒々としていて、影を作っては、年齢にそぐわない童顔を仄かに暗く浮き彫らせていた。それはどこか視る者に畏怖さえ抱かせる虚ろさであった。
最も、イギリスの仄暗き面など気付きもしない子供は、やはり無邪気に笑って、彼の不在の間に起こったことを事細かに説明しようと四苦八苦している。語彙の少なさからか、うまく説明できないもどかしさに時折涙ぐんでいる様は、あまりに愛らしくいとおしくて、これからするであろう自らの行為に、言いようのない快感と高揚感、そして背徳感とをイギリスの内に浮き上がらせた。
港を離れて、子供の家へと向かう。世話役の者を下がらせて、イギリスは子供と二人っきりで談笑した。子供は港での会話の続きを拙いながら話し、イギリスはそれに耳を傾ける。それらの行為は、まるで温かな家庭のようだった。安らぎのようだった。
子供が会話に一息ついたとき、イギリスは思い出したように、そのくせ、ずっと思考の中心に据えたままだった小瓶をポケットから取り出した。
「なんだい?それ、」
「これはな、秘密の薬だよ。」
小瓶の中、小さな水面を虹色に光らせて、青い液体が回る。
くるくる。とぷん。
「アメリカのために、俺が作ってきたんだよ。」
「俺のために?」
途端、わっと、その顔に輝きが増す。「なんのお薬なんだい?!」
イギリスは少しもったいぶるようにしながら、子供を膝に乗せて、安楽椅子を揺らした。「これはだな…、」きらきらと、待ち遠しそうに子供の目が輝いてゆく。
「これは、俺とアメリカの絆を強くするお薬だよ。」
「きずな?」
「そう、絆。」
ふうん?頭中の語彙にまだ登録されていない単語だったらしく、柔らかな首を傾げ、子供はとりあえず返事をした。イギリスは苦笑する。
「俺が、もっともっとお前を愛して、お前がもっともっと俺を愛することの出来るお薬さ。」
噛み砕いて、説明する。
すると、子供の中に浮かんでいた疑問符は解消されたらしく、ぱっと、大きな太陽がその顔に咲いて、イギリスを照らした。眩しいほどに純粋な、明るい笑み。彼を信じて疑わないその心。
イギリスは、それら全てに、内心で舌なめずりをした。
「アメリカ、口を開けて。」
黙って、子供は従う。イギリスは自らの口にその液体を含み、子供の口内へと口移しした。
驚いて、子供は目を見開く。その目には、耽美に淫靡に、目尻を細めて、柔らかく笑みを象るイギリスの顔が間近に見えていた。初めて、こんな距離に彼の顔を見ていた。驚きを抱きながら、そのまま素直に、喉の奥へと液体を通す。
こくん。
「…飲んじゃった。」
「大丈夫だよ、毒なんかじゃないから。すぐには効き目が出ないから、定期的にこうやって飲もうな。」
膝の上の子供に、イギリスは言う。子供は不思議そうに、うん、と応えた。
「愛してる、愛してるよ、アメリカ。俺の愛しいアメリカ。お前だけを愛してる。お前だけ。お前だけ愛してるよ。愛してるよ。アメリカ。俺のアメリカ。」
そう、お前だけが、俺を愛してくれる存在に育つんだよ。
呪詛のように、安楽死のように、イギリスは繰り返しアメリカに言い続けた。
*
「アメリカ!きちんと会議を進行させろ!!」
ドイツの怒鳴り声で、イギリスは我に返った。
怒鳴られた先には、アメリカがハンバーガーを片手に黒板に新しいヒーローの考案図とやらを書いている。各国はもう会議自体を放棄し始めており、早くもだらけたムードが部屋全体に充満していた。それにドイツだけが抗っている。
嬉々として「反対意見は認めないんだぞ!」を繰り返すアメリカを見詰めながら、イギリスは思う。ずいぶん大きくなったものだ、と。膝の上に収まるサイズだったのに、今はイギリスの方が、その膝に収まってしまうという有様だ。
やいのやいのの会議室の喧騒を他人事のように見渡しながら、ふと、もしかしてそろそろなのではないだろうかと、そんな考えが浮かんだ。
そろそろ、薬が切れる頃合じゃないだろうか。
あとで様子を訊きに行くか。
そこまで考えて、
次の刹那には、いつものフラッシュバックが瞬いていた。
鳩尾を蹴り上げられる。拳を石で幾度も打たれる。頭を踏みしだかれ、足の骨が折られた。笑い声がした。兄たちの笑い声。大丈夫、どうせすぐ生えてきやがるさ。そうして、真っ黒な顔をした彼らが、イングランドの指をつかんで、ナイフを宛がって、血の匂いと全身には焼けるような痛みが走って血が流れて止まらなくて笑い声が突き刺さって――。
違う。これは、過去の話だ。過去の残像だ。陰影だ。
違う。今じゃない。現実じゃない。
イギリスは理性を立て直した。脳裏の映像をすべて取り払った。荒くなりかけた呼吸を静めた。深呼吸を一つして、なんとか平静を取り戻し、繕った。
大丈夫だ。大丈夫なんだよ、イングランド。
視線の先にはアメリカが居た。快活に、太陽の笑みで周囲を照らす、自分の愛するアメリカが。自分を愛してくれるアメリカが。
大丈夫。アメリカが居るんだ。アメリカは、俺を愛してくれる。あの人たちのように俺を傷つけたりしない。俺を傷つけない。愛する。俺だけ。俺だけ。そう、だから大丈夫、だいじょうぶなんだよ、イングランド。
だって、そのために、あいつは生まれたんだから。
そういう風に、俺が育てたんだから。
いつかのように、イギリスは仄暗く、黒々とした陰影の笑みを浮かべる。
だいじょうぶと、あいしてるの呪詛を繰り返して。
何処からか、ジギタリスの芳烈な香りがした。
3.なれのはて
結局、会議は一旦中断された。
「美国の無茶振りにはほとほと付き合いきれねえある。」
会議室の外、喫煙席の横に設けられたラウンジで、各国が思い思いに休憩を取っていた。中国は、手にした烏龍茶をぐびぐびと勢いよく飲み干しながらぼやく。窓際のソファーに腰掛けて、肩のこりをほぐしながらフランスが会話に参入した。
「あの坊ちゃんに育てられたんじゃあね、」
「二人ともそっくりだもんねえ。」
そこに、にこにこと笑みを貼り付けたロシアが加わった。
「そうある。そっくりある。全く、全部あへんのせいある。」
「あはは、」
そんな会話をしながら、フランスだけが一人、複雑そうに、顔に小さな皺を作った。
「よお、アメリカ。」
暗い場所だった。陰鬱で、陰気で、陰惨な、暗い場所にアメリカは居た。視力は回復しておらず、アメリカの周囲はただただ暗くて、色々な光が明滅しては途絶えた。彼は実際のところ、会議の行われているビルの他の階のラウンジで休んでいただけだったのだが、しかし彼の視界はただ暗闇と光の明滅だけに留まっており、漆黒の夜に居るも同じだった。
目が、見えていなかった。
「……イギリス?」
恐る恐る、かけられた声に応える。かつかつと、靴音が近づいてきた。
「そろそろかと思ってな。」
「……うん、ジャストタイミングなんだぞ。」
ラウンジに設置されたソファへ座るアメリカに、イギリスの影が伸びて重なった。
その表情は、アメリカには見えない。視得ていない。
「ほら、」
イギリスが鞄から小瓶を取り出す。いつかの青い液体が、ジギタリスの呪いが、そこには並々と注がれていた。たゆたっていた。水面は七色に、プリズムの反射光のように光っていた。そして一弁、青い花弁が泳いでいる。
小瓶の蓋を外し、イギリスはそれを口に含む。明後日の方向を黙視するアメリカの顔を、自らの方向へと、その頬に手を添えることで向かせて、位置を固定させる。
そして、ゆっくり、口付けた。
噛み千切るように、食い千切るように、悔い契るように。
誓いのキスのように。
唇を食んで、口移して、
呪詛の液体を愛しい子供の喉奥へと注ぎ込んだ。
「……視えるか?視力は戻ったか?俺の顔、見えるか?」
「……、……、うん、視えるよ、イギリス。」
「そうか、よかった。」
アメリカの開いた視界の中で、イギリスが笑った。
初めての症状は、独立してまもなくの頃だった。視界がちかちかと瞬き始め、色が飛び散り、ふっと、垂れ幕を目の前に落とされたように、何もかもが視えなくなった。
医師に診てもらっても、原因は分からずじまいだった。だが、アメリカには心当たりがあった。イギリスと距離を置いて、独立して、久しくあの薬を口にしていなかったのだ。
その後国交を取り戻した際に、アメリカはあの青い薬を口にしながら、イギリスに問うてみたことがあった。
あれは、いったい本当は何の薬だったのか、と。
彼は仄かに頬を緩めて、至極幸せそうに笑って言った。
「俺の愛だ」と。
ジギタリス:
花言葉「熱愛」「不誠実」「隠し切れない恋」
毒草になるか薬草になるかは使う人次第。
#アルアサ #中編