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APH

忘れ形見



忘れ形見という言葉がある。遺された子供に宛がわれてよく使われる。彼の忘れ形見も居た。その忘れ形見は、彼にあまりよく似ていなかった。髪の色も肌の色も、そのまま遺伝していたが、目の色や人相はわずかばかりの面影を残すのみで、その差異は、この子供が彼の子供とはいえ、決して彼自身ではないことを如実に物語っていた。
だから俺は、彼のことを思い出にしてしまった。ブランケットにくるんで、大切にしまった。奥底で、酸素に触れて酸化してしまわぬように、しっかりと密封して。
しかしそれは、果たして大切にしていることになっていたのだろうか。

彼は少しおっちょこちょいというか、抜けているところが多かった。諜報員にあるまじき特質ではあったが、それが俺を、時折、なごませた。同時に苛つかせもした。
人間に関わることは多い。自分をつくる要素である彼等の感覚は、とても鋭敏で、諸刃の剣といえるものがほとんどだった。もろくて、やわらかくて、そして果敢なかった。冷たい箇所と、温かい部分が、混在しては、温度差に苦しんでいるのを、よく見た。見続けた。そういう自分も、彼等のような部位があることは否定できない。だが、俺以上に、彼等は脆かった。瞬くように生まれて、死んでいく。その繰り返しと営みが自分だった。だから、愛しくもあり、憎らしくもあり、最終的には、なんだかよく分からなくなった。とりあえず、仕事をした。自分として、国として。
そのうちに、季節はいつもどおりに廻って、また、いくつもの命の瞬きを落とした。俺は雨の日に歩いた。墓参りに行った。花束は濡れそぼり、美しいようで、みじめに色をくすませている。水滴がいかにも貧相だった。
墓前に手向けた花束に、人影が落とされた。俺の背後に、彼の息子が立っていた。

「祖国よ、私の息子です。」

雨が降る中、黒い空の下で黒い傘の中、黒い服を着た少年が、彼の息子の背後からこちらを見上げている。足先で土をいじっていた。雨の音が耳に辛辣だ。彼の息子は笑った。「父の命日を憶えていてくれる祖国は、私にとって何よりも尊いです。」
肩が、滴に濡れて、暗い。
俺は、当然だと答えた。国に尽くした彼を思うのも、俺が尊いのも、全部同じことが根源に繋がっている。

(お前たち国民全員が尊いから、俺は全部憶えているし、俺もまた尊いんだ。全部、お前たちなんだ。全部、)

「ほら、お前も、祖国にきちんと挨拶しなさい。」

背後から引きずり出されて、少年は俺の目の前に立った。黒髪に、彼そっくりの一重目蓋の、彫りの浅い顔のつくり、そして柔和なブルーアイズ。
ああ、俺の(彼の)忘れ形見が、ここに居る。


#掌編 #アーサー #一般人

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