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APH

約束のほとり

 約束はしません。誓いならたてます。いつか少女が言っていた契りだ。フランシスは今でも思い出せる。その音の高低から、振幅、色彩、そしてこころの裏側まで、全てを思い出せる。しかしその表情だけが、いつも思い出せない。

 笑っていたのかもしれない。泣いていたのかもしれない。瞳を細めて、眉間は皺一つもなしに、えくぼもなく、ゆうるりと、何事か述べていたのかもしれない。

 だが、その表情が思い出せない。

 隣人はそんなフランシスを見て、一言、お前は馬鹿野朗だな、と言った。フランシスの腕の中で縮こまりながら、きっぱりと、薄い唇を震わせて言った。肩が骨ばっていて、堅かった。なめらかな曲線などどこにもない。(彼女の流線だって、自分は知らないままだったけれど、)胸板は、肺呼吸で小さく上下している。それは確かにあたたかいが、安穏の溜息も出ない、殺伐とした表情で、隣人はフランシスの目を見た。どうして、お前はそう、馬鹿なんだ、と、また言った。

 フランシスはその頬を撫ぜた。冷たい。濡れても乾いてもいない。隣人は侮蔑の笑みを浮かべた。「憎めばいいんだ、」どう見たって、少女の面影など、どこにも。

 どうして彼女のことを、思い出すのだろう。この隣人を憎みたくて、思い出すのだろうか。責めたいのだろうか。糾弾したいのだろうか。どうしてだろう。どうして、自分は、この男を腕の中に囲むのだろう。

 隣人は、頬にあるフランシスの拳を握る。柔肌というには、少しかさついたフランシスの手もまた、冷たい。

 お互い、冷えていた。ぬくもりが欲しかった。だが、無為に寄り添っても、何も温まらなかった。お互いの冷度が伝わり、浮き彫りになるだけだった。

 少女も隣人も、何も約束してくれなかった。絶対をくれなかった。フランシスはただ、そのことを悲しんでいる。


#掌編 #あの子#フラアサ

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