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足りないもののない国


 満ち足りたこころをくれる、人。穏やかなさざなみを招く人。どう表現してもいいだろう。笑顔が安らかな、褐色の肌。悔しいが、彼は太陽の人だ。

「どうしたんロマーノ?」

 燦然、瞬く笑みで、スペインは振り返った。畑からの帰り道だった。汗がおとがいを伝って、滴る手前で留まるのを、ロマーノは感じていた。あまり気持ちのよいかきかたではない、汗であった。「どうもしねえよ、」とぶっきらぼうに返すと、彼は不思議そうにして、また前を向く。籠いっぱいの野菜が色彩を飛ばしていた。青空の下へ、絵の具が散らされたようなビビッドカラーに、ロマーノの視界はちかちかする。

 トマトの赤、パプリカの黄色、キュウリの緑、その中で、彼の黒髪はとても瞳に残る色だった。強くはなく、優しかった。癖のついた短い襟足から伸びる、日に浴びた艶やかな肌が、てらてらと、汗に光る。ロマーノは目をそらした。まばゆいと思った。太陽の人だと、また考えた。

「今日の昼飯どないしよー。」

 声が、高い空の下で、とおん、と響く。通る。透る。粘り気のない、夏の声だ。ロマーノは、その声を耳にしつつ、前方に人影を見つけて、スペインを呼び止めた。その呼びかけに反応し、スペインが顔を上げる。

「あれ、フランスやん。」

 おーい、スペインが声を張り上げる。畑に広がる緑の向こう、日差しの照り返しに揺らめきながら、フランスが遠くで片手を振っていた。スペインも手を振る。

「なんやろ、昼飯たかりにきたんかいな?」

 なァロマーノ。スペインの呼びかけには応えず、ロマーノはふと彼の白いシャツを見た。赤と黒の虫が、肩に止まっていた。

(黒くつや光のする首筋が白のシャツにすべりこむ、その肩口に、赤、赤、黒。)

 ロマーノは、その虫の背中の斑点を数えた。5つの黒い点が、赤の上に揃っていた。

(5つ星、)

 

「…3つ星ならレストラン、7つ星ならラッキー。中途半端。」

 

 くく、と笑いが漏れ出でた。スペインは、「何が?」と振り返り、訊いてくる。汗が、彼の鎖骨を伝うのが見えた。ロマーノは、また、ぶっきらぼうに「なんでもねーよ。」と返した。青空が高くて、(目の前を太陽が在って、)なんだか昼食が美味しく出来そうな気がした。


#掌編 #親分子分

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