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,るろ剣

ひとになってはいけなかった話

 どうして、人を殺してはいけないのか。

 そんなことを考えてしまう瞬間がある時点で、その人間はなにか、どこかに歪みを生じているに違いない。そんな風に思って、ちがう、こんな疑問、幼子でだって時折考えることだ。そう言い直して、ちがう、そんな疑問、まともな人間が思いつくこころではない。また、自分を追い立てるような言葉を繰り返す。頭の中。俺の頭は、きっとせわしない。「穏やかね、剣心は」そんな風に云われて、苦笑いを返したことの、数えきれない思い。ちがう、君にこの心のせわしなさを見せてみたい。きっと失望するだろう。殺してはいけない理由を知っているのに、殺さなければいけなかった理由に絶望している俺になど、きっと君は失望するだろう。見せてみたい。俺は笑う。「そうでござろうか」俺は嘘を吐く。

 殺す瞬間。

 あまり、血を浴びることはなかった。よっぽどの強敵でない限り、その身に傷を負うことさえなかった。

 殺す瞬間。

 死にたくないと、蠢く声に、ただ刃を振り下ろした。

 どうして、人を殺してはいけないのに、どうして、人を殺してしまえるのだろう。

 幼いような、声が聞こえた。

 そんなこと、俺だって知りたかった。

 どうして、どうして、どうして。そんな呟きを繰り返すいとまさえなかった、少年の自分。子供の分際で、ひとびとのさいわいを守りたいとぬかした、げに愚かしき、人斬りの自分。

 どうして、殺してしまえたの。

 考えることをやめて、殺し続けたの。

 清廉な声が聞こえる。


 このまま人を、殺め続けるおつもりですか?


 はっとする。
 なんとはなしに気付く。


 俺は、ひとになってはいけなかったのだ。

 殺してはいけない理由を知っていながら、殺すことを選んだ自分は、人斬りは、



 人間になどなってはいけなかったのだ。



(それでも、貫かねばならぬものがあった)


#抜刀斎 #緋村さん #掌編

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