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めでたしめでたし の あるところ


 そうしてふたりは幸せに暮らしましたとさ。そう言って物語はその扉を閉じる。閉じられた先に何があるかなんて誰も知らない。説明もない。門扉は固くかたく閉じられて、二度とは開かない。幸せに暮らしましたとさ。それで終わり。その先は、語られることもない。

  幸せに暮らすって、なんだろう。何気ない質問だった。お母さん、しあわせにくらすってなに?二人はどうなったの? 悟飯が質問した先、母であるチチは「ずうっとずっと、愛し合って末永く一緒に暮らすってことだ」と答えた。ずっと一緒に暮らして、死が二人を別つまで。永遠に。終わりに向かって。ずうっとずっと。

 「悟飯ちゃんにはまだ分からねえかなあ」

  チチは苦笑いすると、悟飯の黒髪をそっと撫でた。
  それから、幾つものとしつきが過ぎ、悟飯は背も伸び、学校にまで通う歳になった。

 (死が二人を別つまで。永遠に。ずうっとずっと)

  物語の最後のふたりは、そうして暮らしてったという。それが幸せなんだという。
  けれど悟飯は、死が自分と誰かとを別つ経験を幾度となくしていた。

 (僕は物語の主人公じゃない。だからそれは当たり前のことだけれど)

  けれど悟飯は今、幸せだった。幸いの中で暮らしていた。息をしていた。
  物語の終わりの先。めでたしめでたしの次の次。そこに今、自分は立っているんじゃないだろうか。そんな風に感じることが、幾度とあった。

 (結局僕は今、とても幸せなんだってことだ)

  死が二人を別つまで。永遠に。
  めでたしめでたしの、その先の世界。


 「結局お前は何が言いたいんだ?」

  学校帰り、神殿に寄って久しぶりに小さな神様と大きな師匠とに対面した。その折、悟飯がなんとはなしに日々考えていた「めでたしめでたし」について話すと、予想通りというか、師であるピッコロは訝しげな様子で悟飯の顔を眺めた。

 「ええと、何が言いたいとかではないんですけど」

  雲の上に位置するこの神殿はひどく静かだ。風さえ凪いで、音も届かない。だからだろうか、自分の声がいやに大きく響く気がした。
  机越しに椅子に腰かけるピッコロは、ただ静かに悟飯の返事を待っている。

 「そうだな、なんていうか、僕は物語のなかの誰かじゃなくて良かったなって、そう思ったんです」

 「物語か」

 「めでたしめでたしで終わるだけじゃないこの世界が、僕にはいちばんの幸せなんだろうなって」

  最近、そう考えるんです。
  声が空気にそよいで届く。その間に、ピッコロは静かにまばたきした。

 「だってそうじゃなかったら、僕はきっとピッコロさんとこうしてお茶もできてなかったろうから」

  物音ひとつせず。
  ただ悟飯の声と言葉だけが響く神聖な場所で。
  ピッコロは静かに、静かに、その言の葉の一葉一葉を聞き取った。

 「確かにな」

  違いない。師匠の含みを持った笑い方に、悟飯は苦笑した。
  もし、ここがおとぎ話の、めでたしめでたしのあるところだったら。
  恐怖の大魔王は、正義の味方にやっつけられていただろう。
  こんな風に、穏やかな笑い方をして、冷たい水の入ったカップを揺らして、一番の理解者である弟子の目の前で。
  存在しては、いなかっただろう。
  だからやっぱり、悟飯は、めでたしめでたしのあるところでないこの世界で良かったと。
  そう笑ってしまうのだ。


  めでたしめでたしの、終わりの門扉がかたく閉じられていても。
  幸せはただ日常に横たわっている。
  悟飯は、「今晩、夕飯を食べに来ませんか」と。
  笑って幸いを手繰り寄せた。





(めでたし めでたし)

#魔師弟 #掌編

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