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くさびとこころ



平和っていいですね。そう言うのでただ黙って頷きかえすと、でもピッコロさんには物足りないかもしれないですね、そう笑ったりする。頷き返すにも否定するにも心持ちは微妙に揺れ動くのでやはり黙ったままでいた。俺が笑い返すのも頷き肯定し返すのもおかしいだろう、だからと言って、いつかお前の望んだ平和とやらを否定する気にだってなりはしない。ピッコロさん? 上目遣いに伺ってくる。なんでもない、なんでもないのに何か含むようにしか返せない。やっぱりまだ、運命を恨んでますか。貴方の運命を。古い話をしてくる。神との融合まで果たした人物に、魔王に、過去のくさびなど聞き返してどうする。なんでもないんだから、なんでもないまま納得すればいい。お前のなかに、そとに、幸いが存在するならそれでいいだろう。それはまた俺の幸いでもあるのだから。不服だが。なんにも言わないままで、暗黙の了解のように「過ぎたことだ」と。返せばお前は笑う。そうですか、そうですよね。ピッコロさんは、ピッコロさんですもんね。心底嬉しそうにしている。その笑みに救われる心が此処にあることを、お前は幾ばくか知ってるだろうか。これほど不服で、不本意で、そうして全身の総意のような、こんな肯定感が、俺の中に芽生えて息づいていることを、お前が知ることはあるだろうか。なくていい。あったっていい。どちらでもいい。そう、過ぎたことだ。魔王として生まれたこと。悪の限りを尽くし、父の仇を討つために幾としの年月を経たこと。お前に会ったこと。会話したこと。笑顔を向けられたこと。小さな命を想い、庇い、死んだこと。慕われたこと。戦いのなかに訪れる、ささやかでおだやかな幸いが散りばめられた、また幾年月。全てが全て。そう、全てが全てだ。何を恨むだろうか。恨んでいたろうか。笑ってくれただろう。触れた髪の感触。命を思う心。全てお前と共に、俺の中に在ったのだ。お前がくれたんだ。全て、全て。何もかもが、過ぎたことだ。今目の前で平和を愛する、お前のその心に、俺が頷き返さない、わけがない。






(弟子が笑っている今があるなら、自分に課せられていた運命など今更、っていう師匠。)


#掌編 #魔師弟

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