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,エヴァ

約束のさようなら


 どうして?
 頬に触れられてそれが間違いではないと気付く。なんて冷たい手なんだろうと驚く前に冷静に、ああ間違いではなかったけれど間違っていたと思い知る。
なんて冷たい手のひら、なんて赤い瞳、焔が燃えている、赤い海がたゆたっている。カヲルくん、名前を呼んでみてその手のひらが本当の肉質を伴うか試してみる。夢ではないかと疑っている。僕の頬に誰かが触れる、そんなことがあるのだろうか。シンジ君の頬は乳白色のミルクのようだね、いとおしむような声が耳の奥までコーンと音を鳴らす。硝子を小さく叩いたように、コーンとこだまする。割れやしないかと危惧するような、果敢なげで美しくて低すぎない声、声、声。僕の頬はそんなにいいものではないよ、僕がそう言って泣きそうになるものだから、君は薄く目元を細めてキスをする。いつか、こんな風に頬に触れられてキスをされたことがあった。その人とは永遠にさようならをした。此処はどこだろう、あの人と別れた後自分はどうしたろうか、何を望んだろうか、何を忘れたろうか、何を失くしたんだろうか。
 するとふいに目の前の少年が薄い色素の少女に変わる。「あなたが望んだ世界そのものよ」冷たくない、温かくない、そんな言葉。僕は誰もいない自分もいない、そんな場所を望んだらしく、でもキスをしてくれたあの人を彼を確かに知っていて、浅ましくも望んだ気がしたのだ。もっと触れて欲しかった、置いて行かないで欲しかった、そうしたらまた、少女は少年に変わる。「僕は君の中の希望だよ」
 シトと言う名の他人。別の生き物。君はそういう存在だった。そういう存在に僕は出逢った。その存在が僕の頬を撫でて再びのキスを落とす。なんて悲しい味がするんだろう、こんな寂しさを抱えて人は愛をする、寂しい、苦しい、愛しい、やっぱり、美しい、だから寂しい。
 僕と君は違う存在だ、だからこうして手を触れ合って唇を落として会話できて、別個の存在だから、違うヒト、だから。
 それが希望だって、君がまた笑うんだね。
 僕らは哀しくて寂しくて、そうしてキスのできる愛しい存在なんだね。
 君と違う存在で良かった。
 それが例えさようならの約束された何かでも。


#カヲシン #掌編

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